先日スーパーで懐かしいものを見つけたので購入してしまいました。ふ菓子です。そこには他にも駄菓子が売っていました。今や駄菓子はスーパーで買うものなのですね。子供の頃は1本10円で大きなガラス瓶の中から自分で取って買っていました。コンビニはありませんでしたが、駄菓子屋さんがあちこちにあって子供がひとりで買い物をする最初の場所でした。私が行っていた駄菓子屋さんはお好み焼きを自分で作って食べることもできました。確か50円くらいでした。懐かしい思い出です。
HARU
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わが家では八百屋さんで岡山県産の『黄ニラ』を見かけるとお夕飯は決まってしゃぶしゃぶとなるのでございます。
緑色の濃いものに比べてちょっとばかり、値は張るのではございますが、匂いは少なめ、柔らかくてほんのり甘く、格別の風味がございます。
この『黄ニラ』関東では、あまりメジャーではないようで、いつもの八百屋さんでは入荷したり、しなかったり、頂きたいときには姿を見せず、たっぷりお買いものしてしまってから存在に気付いたり、となかなか食すタイミングが難しいお野菜でございます。しかもとってもデリケートで大量購入が出来ないのでございます。
今回は、牛肉を用意いたしましたが、鯛や鰤のお魚でもとても美味しく頂けます。
ですが、わが家ではあくまでも『黄ニラ』がメインのしゃぶしゃぶなのでございます。Sato
小さかったころのわたくしは父の『金魚のフン』と呼ばれていたようでございます。
親戚が集まるところでわたくしの幼少期の話になると
「金魚のフン見たいだったのよ。」とか「お父さんのこと大好きで、いつもそばを離れなかったのよ。」
など何度も聞かされて来た話でございます。
記憶にあまりないわたくしは「そうだったのかなぁ~」と半信半疑。
しかしながら、まぎれもない証拠写真が。。。
いつ、どこで、誰の手によって撮影された物なのか撮影者不明のこの写真。アルバムに貼られることなく挟まっていたのを偶然にも先日の投稿ネタを探していた際に発見したのでございます。
どこへ行っても撮影者はいつも父でございましたゆえ、父との何気ないこのような写真はあまり他に見た事がございません。
若かりし父の面影。わたくしのお気に入りだったタオル地のワンピース。
ま・さ・し・く これは父とわたくし。
ま・さ・し・く 『金魚のフン』 でございます。。。
やはり、親戚の方々がおっしゃられているように
わたくしは父の事が大好きで、いつも父の後ろを 『金魚のフン』 かのように歩く、かわいらしい女の子だったようでございます。
何気ない思い出との出会いに感謝でございます。 Sato


またまたやってまいりました、今月のブログ企画週間!!9月は『子供の頃の自分』について一週間、投稿していきます。
まず、40年くらい前の写真を発見しました。私の両親は新潟県の越後湯沢の出身です。これは昭和47年の8月、お盆休みで両親の帰省について行ったというか連れて行かれた時のものです。かやぶき屋根の家があちこちにあるのが時代を感じさせますねぇ~。
小学校1年生になり、剣道を始めました。近所に住む友達3人と撮った写真です。わたしは小学校の6年間と中学の3年間、合わせて9年も剣道を続けることになるのですが、左隣の友達は半年ほどでやめてしまい、おまけに引っ越してしまいました。右隣の友達も1年ほどでやめちゃいましたね。
そして、たぶん小学生の3,4年生くらいの頃の写真です。初めての海!! 千葉県の九十九里のあたりでした。このあと、波にさらわれて沖のほうまで流され、見知らぬ(今思えば大変親切な)おじさんに助けてもらったことを鮮明に覚えています。これ以来、海と泳ぎは今でもあまり好きにはなれません・・・。
こんな子供でした。しかし写真が古いね。 Tencho